教育の誤謬

ある分野の専門家が、必ずしも「教える」専門家とは限らない。むしろそうでないことのほうが多いように思える。「理解させる」と「理解してもらう」の使い分けに見られるように、前者である限り、学習者のニーズはわからないだろう。学習者分析ができなければ「教える」ことはできない。この「教育の誤謬」は、教授システム学を通じて学んだ。

生原稿を見る。
「先生、〇〇はどのような意味で書かれてあるのでしょうか?」
「んっ? それは◇◇だよ」

今まで何度、このやり取りをしてきたことか。私の理解力に問題があるのか。それにしても、そこまで端的に語れるならば、なぜそれを書かないのだろう。いつも思っていた。時に私の質問に不機嫌になる方もいた。そんなこと聞くな、といった風に。一方、確かに説明が必要ですね、と感心してくださる方もいた。
「理解させる」と「理解してもらう」の違いは、著作物の数として歴然と出る。世の中は「教えてもらいたい人」で溢れている。